天上の海・掌中の星 “護りの翼”



 どんなに夏が猛暑でも、いつもだったら、せいぜい十月の半ばまで。いいお日和になると、まだまだお昼間は暑くってと、半袖のシャツ、なかなか仕舞えなかったりするものが、ニュースショーのお天気のコーナーなんかで、天体ショー“何とか流星群”の話題が出る頃合いになれば、嘘みたいな いきなりの、がくーっと寒くなるのにね。今年はなかなか、いつまでも秋が深まらないねと、ご挨拶の決まり文句みたいに誰もが言うくらいであったほど。それでもさすがに、十一月の声を聞くほども日が経てば。土手の茂みや 校庭の桜の梢なんかからも、夏の名残りはどんどん消えて。山の緑も街路樹も、少しずつながら秋の彩り、黄色や赤をまとい始める。

  「そいでさ、肉まんが美味しいシーズンになる訳だ。」

 それはそれはご機嫌さんの満面の笑みを見せながら、かぷりと、大きな蒸し饅頭に食いつく坊やに、
“何時だって何だって美味しいくせに”
 内心で呟いて、小さく苦笑する破邪様だったりし。それよりも彼の注意を誘うのは、有るか無しかの川の側から、それでも温度差はあるものか、時折 ひゅぅうんと吹きくる風を受けては、ぱさぱさ、軽やかに掻き回されてる坊やの髪で。寒くはないのかと言いまではしない その代わりのように、こちらさんも飽きることなく何度でも、その大きな手で梳いては直してやっていて。
“えへへぇ。/////////
 こんなして撫でてもらうのって、ホントはもっとずっと小さい子供相手みたいな構われ方なのにね。不思議と“やだなぁ”なんて思ったことは一度もないルフィであり。
“ゾロの手は、とっても温ったかいもんvv”
 頑丈そうだからこその武骨そうにも見えるけど、何かとぞんざいなんじゃないかって思われがちだけれど、実はちゃんと手加減も出来て。エビフライが丸まらない“隠し包丁”なんてのとかも器用にこなすし、どこぞのお土産だった切子細工の飾りのグラス、細かい溝のくもりまで、いつもきっちり磨いてあったりし。
『こりゃあ下手な家政婦さんより行き届いてるじゃねぇか』
 なんて、父ちゃんが驚いてたほどだもんね…なんて、妙なことで威張ってみたりする坊やだったりもするのだが。初めて逢った頃よりか、ちょっとくらいは大きくなってるはずのルフィでも、ひょいって軽々、小脇に抱えてしまえる力持ち。なのに、あのね? こんなして、構ってくれる時は あのね? もちっと強引にぐいぐいしてもいいのにって思うくらい、優しい構い方をするよになったゾロで。
「? どした?」
 坊やが じ〜って見上げてたのに気づいたか、とはいえ、その精悍なお顔を特にほころばすこともなく、平生の延長という趣きで訊いてくる。それへと、
「…ん〜ん。////////
 かぶりを振ったルフィだったけれど、
“あれれぇ? 変なの。”
 今のゾロは、ちっとも甘やかしのお顔じゃあなかったのに、至って“ふつー”の顔してただけなのに。涼しい翠の双眸も、凛とした強気の意志をそのまま映して引き締まってる口許も、特に微笑ってくれてる気配なんて浮かべてなかったのにね。深く覗き込むよな気配もなかったのにね。
“えと…。////////
 少しだけ傾き始めてる夕陽の茜を滲ませた、そんな秋の午後の光に半分照らされてたお顔、こっちへひょいっと向けただけなのに。胸の鼓動がちょっと強くなって、それから、

  ――― それを気づかれちゃいけないって気持ちが…少しした。

 恥ずかしいとか、囃されるとかいうのじゃなくて、でもあのね?

  ――― これ以上、好きになったら心臓が痛くなるかも。

 時々すごく切ないから。大好きゾロ、ずっと傍らにいるよって言ってくれたゾロ。好きだからだぞっても言ってくれたゾロ。そんな言われて、嬉しい嬉しいって、ただただはしゃいでたものが、時々、あのね? きゅうぅんって痛くなる。もっとっていう欲張りな気持ちが過ぎた罰なのかな? ほら、何でもほしがる欲望は、人をダメにするって言うじゃないか。人を泣かせてでも金儲けに夢中なお金の亡者とか、国民が困ってても自分だけ御馳走食べてた食いしん坊な王様とか、そういう奴らは最後には酷い目に遭うんだろ? もっともっとって、限界まで欲張り過ぎての破綻がやって来て、罰が当たっちゃうんだろ? 人を好きすぎても、何か罰が当たるのかなぁ。こんな幸せなのに、もっともっとって欲張ってたから、心臓に何かストッパーとか掛けられちゃうんだろか。お顔が凄く熱いけど、お熱がホントに出るような、そんな体にされちゃったんだろか。

  ――― どうしよ、どうしよ。

 これ以上“好き”になっちゃあいけないの? でも、ゾロは日に日に素敵になってくのに? どした?って訊くお顔も、前より優しくなって来たよ? 寒いのかなって、並んで座ってたの、引き寄せてくれる腕も、頼もしいだけじゃなく、加減のいいコツをいっぱい覚えてくれてるよ? なのに、もっとたくさん好きになっちゃいけないの? 苦しくなっちゃうトコが他にも増えるの?

  「ルフィ?」

 お饅頭を持ったまま、ちょっとばかりうつむいて。何を思い出したか、しょげでもしたか。様子が変だなと覗き込みかけた破邪様の鼻先へ、

  ――― ぱぁあっっ、て。

 いきなり広がったものがあって。

  「……………。」
  「え?」

 これには、それの持ち主のご当人までもが、自分の背中を肩越しに振り返ると、わぁって驚いた。
「な、なんで? これって…あれ?」
 霊感のない人には見えない奇跡。土手の縁へと座ってた坊やの背丈よりもずっと大きな、それは誇らしげに健やかな張りを見せている大きな翼が片方だけ。光を含んで出来てでもいるかのような、目映いまでに純白の羽根をたわわに輝かせ、ぽんっと不意を突いたかのような唐突さで現れていて。
「あ…。」
 ホントはゾロのだった翼。聖護翅翼っていって、飛ぶためのじゃあなくって、大切なものを、何物からでも護るための強靭な翼。前に凄い強い邪妖が現れたとき、ゾロの背中からそいつに毟られたのを、どういう訳だかルフィが引き取って取り戻したという経緯があり、それをぼんやりと思い出してたルフィのその視野へ、やはりキョトンとしている破邪様のお顔が入って…それで。

  「あ・えと。ち、違うからっ。///////

 だってそんなっ。何でゾロといる時に出てくるかな。一番安全じゃんかよ、今って。なのにどうして、護りの翼が現れたの? 選りにも選ってゾロへ警戒とかしたの? 俺? そんなの訝(おか)しいし、そんなのって…ゾロのこと嫌いだって言ってるみたいじゃんか。なあ、勝手に出てくんじゃねぇよって。上手く言えなくて尚のこと、あたふたしている坊やの頬へ、
「………あ。」
 そぉって、暖かい手のひらがあたる。さっきまでのふわんと暖かだったドキドキが一転して、今度は何故だか、怖くて堪らないドキドキがする。これって何だよって、怒るよな普通、叱られちゃうって。ううん、そう思われているんならって、ゾロがどっか行っちゃったらどうしようって、それが一番に怖かったのに。胸が、うなじが、きゅううって掴まれてるみたいに痛いし苦しい。そこへ、

  「まずは落ち着きな。」

 え?

  「判ってるから。大丈夫だから。」

 な?って。晩になって寝かされる前にちょこっとお話ししてくれる時みたいな、やさしいお顔のゾロがいて。また風に煽られたルフィの髪を、大きな手でもさもさと梳いてくれていて。

「いきなり現れたんでびっくりしたよな。でも心配は要らねぇから。」

 え?

「これは、意識の…何て言や良いのかな、具象化されたもんで。何もお前の体へ埋め込まれてるって訳じゃあない。」

 うん。

「仕様としては、強く思うと出てくるもんなんだがよ。何も、意識して出ろ出ろって思わなくても、本人が思ってもないのに出てくることがあるんだよ。」

 ………え?

「殊に、お前は何かしら精神修養とかやったこともないだろし、それでなくとも授かってからまだ日が浅い。だから、制御し切れてなくて当然ってな。」
 制御…? と。恐慌状態が収まった次は、どこかぽかんとしている坊やへ、精悍な風貌をした、緑頭の精霊さんは、その頼もしさはそのまま、されどたいそうやさしく笑って見せて。
「第一よ、俺だって、出ろ出ろなんてわざわざ思ったことねぇんだぜ。」
 誰かに何かに向けての、危機を察知しても。これまで攻撃の腕前しか磨いてなかったから、この手が届けという…駆けつけることしか思いつかないし出来なくて。この翼が現れたその一番最初。この少年がマグマのるつぼへと落ちかかっていたものを、救いたくて護りたくて。どうか届いてと、どうかこの子だけでも守ってと、祈るというより願うというより、自分の力のなさへと…歯軋りしながら、凄絶な勢いで怒っていた、そんな彼だったのへ。意識が沸点か何かへ達して、それで弾かれるように現れた翼だったという印象しかないものだから。
「だから、仕組みなんていまだに判らねぇのさ。」
 なんて言って、豪気に笑った破邪であり。

  “でもな、意識が強いから、並外れて強かったから現れたってのは判る。”

 何がどこまで判ったものやら、ふ〜んって顔になり、それから。
「そっか。ゾロにも仕組みは判ってないのか。」
 何度も確かめるみたいに“なぁ〜んだ”なんて言いながら、やっとにひゃって笑った坊やの背中から、でもそれなのに翼は全く消えなくて。ということは? 何かを察知した訳でも不安だった訳でもなけりゃ、ゾロへの警戒なんてもの、抱いた反応として現れた訳でもない。照れ臭そうに俯いたルフィ。そんな様子へ声をかけた途端に、広がった、聖なる翼。

  ――― 大〜い好きだよ?/////////

 そんな嬉しいことを言ってくれたときと、同じ顔だったから、同じ熱だったから。それで現れた翼だということは、それだけ大きくて強い気持ちなんだよということの現れに違いなく。

  “楽観的過ぎ、かねぇ?”

 あの金髪の聖封様が見たら、またぞろ呆れ返ったに違いない、随分と腑抜けたお顔になって。いわば“幸せすぎてのパニック”を起こした坊やを、よしよしと宥めて差し上げている破邪の君。ああ、少し冷たい風の吹く季節でよかったね。殊更に小さな坊やでよかったね。スカジャンを羽織っていても薄い肩へと回された、頼もしそうな腕といい。いかにも男の大振りの手で、小さな坊やを自分の懐ろへ抱え込みがてら、こんなところで“いい子いい子vv”と構いつけてる図といい。寒い季節ででもなかったならば、不審者通報されかねません。

  “…いや、これでも十分に不審ではありますって。”

 そろそろ帰らねぇ? お二人さん、と。どのタイミングで声掛けて驚かしてやろうかなって。こちらもまた秋の陽の金色に、元からの金の髪を光らせて。苦笑混じりに二人の頭上に現れた、ダークスーツの誰かさん。もう十分に幸せそうな破邪さんへ、せっかく坊やから決めてもらったお誕生日のお祝いが間近いこと、出来れば今年も うか〜っと忘れててくんないかしらなんて、やっかみ半分、思ってたりしたそうですよ?




   
 HAPPY BIRTHDAY! TO ZORO!





  〜Fine〜

 *本編がずるずると遅れまくっております当シリーズですが、
  お誕生日のお話はやっぱ書きたかったので。
(苦笑)
  特に何時でもない秋の頃ということに しといてやって下さいませ。

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